話が伝わらない原因は話し方ではない!影響力を保つ3つのアプローチ
営業活動やビジネスコミュニケーションにおいて、「相手に話が伝わらない」と感じる場面は誰しも経験したことがあるでしょう。どれだけ自信を持ってプレゼンテーションをしても、相手が納得しない、反応が薄い、最終的には行動に結びつかない——このような状況が続くと、自分の話し方やアプローチ方法に問題があるのではないかと悩むかもしれません。
しかし、話が伝わらない原因は必ずしも話し方や表現力の不足にあるわけではありません。実際には、話すタイミングや相手の「聞く態勢」が整っていないことが大きく影響していることがほとんどです。
そして、営業の現場では特に、価値観を変えるための重要な話を後回しにすると、相手にとってその話が重たく感じられ、思考停止や現実逃避に陥る可能性が高まるのです。
この問題を解決するためには、相手の「聞く態勢」を整え、最適なタイミングで話し、重要なポイントを早めに伝えることが重要です。本記事では、なぜ営業マンの話が伝わらないのか、その原因を探り、具体的な解決策を提示していきます。
原因分析: なぜ話が伝わらないのか?
①価値観の変容を後回しにしている
営業マンが伝えるべきメッセージの中でも、特に顧客の価値観や判断基準に影響を与える話は後回しにしてはいけません。相手がすでに自分の価値観や意思決定の基準を固めている状態で、その基準を変えようとするのは非常に困難です。
営業マンが最も見落としがちな点の一つが、価値観や判断基準を変える話を後回しにしてしまうことです。商品やサービスを売り込む際、営業マンはまず商品の特徴やメリットを熱心に説明しますが、相手の価値観や考え方を変えるための話は、商談の後半に持っていきがちです。
しかし、これは大きなリスクを伴います。
人間心理における「アンカリング効果」
人間は、一度最初に得た情報(「アンカー」)を基準として、後から与えられる情報を評価します。これを「アンカリング効果」と呼びます。
たとえば、顧客が最初に安価なオプションを提示されていると、後で高価なオプションを提示されても、初めに与えられた情報が基準となり、高価なオプションが過度に高価に感じられてしまういうことです。
人間は一度決めたことを覆すことに抵抗を感じるため、後半に重要なメッセージを伝えると、それがプレッシャーやストレスとして受け取られ、相手が思考停止や現実逃避に走る可能性が高くなるのです。
例えば、顧客が「この製品は高すぎる!」と一度思ってしまったとすると、その考えを変えるのは容易ではありません。営業マンが価値観や判断基準を早い段階で示さないまま、後で価値観変容を試みると、すでに相手の頭の中で固定された基準に対抗する形になるため、その試みは効果を発揮しにくくなります。
つまり、価格の面だけで言えば、顧客の頭の中で「高すぎる」という印象が支配的になる前に、製品の価値や長期的なメリットを伝える必要があるということです。アンカリング効果を逆手に取り、価値観や判断基準を最初に設定することで、後のコミュニケーションがスムーズに進むのです。
抵抗感の増加と信頼感の低下
売れない営業マンほど、商品の説明を長々と行い、相手の懸念が出てきた後にようやく「実は!この商品にはこんなメリットもあります」というように、重要な情報を後出ししてしまうことがあります。
この「後出しジャンケン方式」は、相手にとっての抵抗感を増すだけでなく、営業マンへの信頼も低下させるリスクを伴います。前述の通り、人間は一度形成した判断を覆すことが苦手であり、特にビジネスにおいては一貫性の原則に基づき、すでに持っている考えを維持しようとする傾向があります。
たとえば、不動産営業において、顧客が既に他の物件に対して好印象を持っている場合、後になって新たな物件のメリットを伝えても、その価値観を変えるのは非常に難しいのです。価値観や判断基準を変えようとするなら、最初にその価値をしっかりと示し、相手にとって重要な情報を早い段階で提供することが重要です。
②相手の「聞く態勢」が整っていない
例え、どんなに素晴らしい提案やプレゼンテーションをしても、相手が「聞く態勢」にない場合、メッセージは伝わりません。
営業の場面では、営業マンが自分の話したいことに集中しすぎて、相手が本当に話を聞く準備ができているかどうかを確認せずに話し始めてしまうケースがよく見られます。これにより、相手は会話に積極的に参加する準備ができておらず、話が一方通行になり、重要な情報が相手に届かないという状況が生まれます。
人間行動心理から見た「聞く態勢」の重要性
人間の脳は、集中力を維持するために適切な準備が必要です。「カクテルパーティー効果」と呼ばれる現象に代表されるように、人は「自分が関心を持つ情報や状況にしか耳を傾けない」という性質があります。
たとえば、パーティーのような騒がしい場所で遠くから、「タカヒロ!」と自分の名前が呼ばれると反応することがありますが、それ以外の他人の話は無視どころか、全く耳に入ってすらいないでしょう。
これと同じように、営業マンが話す内容が相手の中で当事者意識や関心がもたれずに、感情に訴えかけるものでない場合、顧客の脳はその話を「聞き流す」状態になります。
心理学的に見ても、人は他者からの話を理解しようとする前に、自分がその話を聞く態勢が整っていなければ、情報は頭に入りません。営業マンが「聞く態勢」が整っていない顧客に話しかけても、その内容は記憶に残らず、相手はただの「ノイズ」として処理してしまいます。
これは例えば、忙しい上司や顧客に突然話しかけて重要なことを説明し始めても、その場で相手が別のことに気を取られている場合、どんなに重要な内容でも伝わらないことと同様です。
信頼関係とポジショニングの影響
さらに、営業マン自身が顧客に対してどのように見られているか、つまり「ポジショニング」も非常に重要です。
顧客にとって「信頼できる情報源」として見られていない営業マンの話は、たとえ伝えている内容が的確であったとしても、嘘偽りない真っ当な話しだとしても、顧客にとっては価値のないものとして処理されがちです。
この信頼を得るためには、営業マンが顧客の悩みやニーズをしっかりと理解し、共感を示しながら話すことが求められます。行動経済学では「信頼感」が購買決定に大きな影響を与える要素として知られており、「社会的証明」や「権威の法則」によって、その効力が強化されることがあります。
「社会的証明」とは、他の人々が信頼している商品やサービスに対して、他者も信頼を置きやすくなるという心理です。一方、「権威の法則」は、分かりやすい例で言えば、医者や弁護士、有名企業の経営者のような権威者や専門家の意見を優先的に受け入れる傾向を示します。
これを営業に応用するならば、営業マンが信頼を獲得するためには、過去の成功事例や顧客の声を活用し、自分の専門知識や経験などを示すことで、信頼感を高める必要があります。
③話をするタイミングが悪い
さらに、多くの営業マンが陥りがちなミスの一つは、重要な情報伝達を後回しにしてしまうことです。
前述のアンカリング効果にも重なりますが、この後出しジャンケン的なアプローチでは、重要な話をするタイミングが遅れ、相手の準備が整わないうちに伝えるため、相手が心を閉ざしてしまうリスクが高まります。
営業マンは自分の話したいポイントを熱心に説明するあまり、話す順序を誤り、最も大切なメッセージが相手に響かないまま商談が終わってしまうことがよくあります。
行動心理学から見た「タイミング」の重要性
行動心理学によれば、人間の脳は一度に多くの情報を処理することが苦手で、特に重要な話が後回しにされると、すでに疲れた脳がそれを受け入れる余裕がなくなります。
この現象は「認知的負荷」と呼ばれ、重要な情報を脳が処理しきれなくなることを指します。これにより、相手は話を聞いている途中で疲れ、思考が停止しやすくなるのです。
さらに、人間の注意力は時間とともに減少するため、長い説明の後に重要な話を持ち出されると、相手は集中力を更に失い、その内容を十分に理解できなくなります。
たとえば、不動産の営業現場を考えてみましょう。
営業マンが最初に家の立地や価格、デザインといった細かい説明に終始し、最も重要な家の将来的な価値や顧客のライフスタイルにどれだけフィットするかという話を後回しにした場合。顧客はその時点で情報過多になり、脳が処理しきれずに拒絶反応を起こすかもしれません。
顧客にとって価値観を変えるための重要な情報は、説明の前半に、もっと言えば接客上の一番最初の時点で重要な情報や確認事項を伝え、頭の中でゆっくりと咀嚼(そしゃく)できる時間を与えることも話を伝える上では重要です。
行動経済学からの視点
行動経済学では、「損失回避バイアス」という概念が広く知られています。これは、人が得られる利益よりも損失を避けようとする傾向が強いことを示しています。
たとえば、営業マンが最初に「この商品を選ばないことで起こるリスク」や「解決しなかった場合のデメリット」を明確に伝えずに、後になって突然その話を始めると、相手は既にその商品や提案に対する判断を固めてしまっているため、話が重く感じられ、拒否反応を起こしやすくなります。
損失回避バイアスに基づくと、相手に行動を促すためには、最初にリスクやデメリットを伝え、その後に提案する商品のメリットや解決策を提示する方が効果的です。これにより、顧客は最初から「問題の回避」について考えるようになり、その後の提案を積極的に受け入れる余裕が生まれます。
影響力を保つ実践アプローチ
前半では、営業やコミュニケーションの場で「伝わらない」問題の根本原因は、タイミングや相手の聞く態勢が整っていないこと、さらには価値観の変容を後回しにしてしまうことに触れてきました。
相手が話を受け入れる準備ができておらず、重要な情報を伝える順序が間違っていると、思考停止や抵抗を引き起こす可能性があります。これらの問題を解決するための効果的なコミュニケーション法や実践的なアプローチを解説していきます。
アプローチ①:相手の態勢を整える
まず最初に行うべきことは、相手があなたの話をしっかり受け入れる「聞く態勢」を整えることです。
どれだけ優れたプレゼンテーションや説得力のある提案をしても、相手が話を聞く準備ができていなければ、メッセージは相手に伝わりません。この段階で最も重要なのは、相手との信頼関係を築き、適切なポジショニングを確立することです。信頼がなければ、どれほど説得力のある話でも受け入れられることはありません。
信頼関係が築けると、相手はあなたの話に対してよりオープンになり、提案に耳を傾けやすくなります。これは特に高額商品や重要な意思決定が伴う場合に顕著で、人は、信頼できる相手からの提案には抵抗感が少なく、逆に警戒心が低くなります。
心理的に安心できる状態が整うことで、相手はあなたの話を積極的に受け入れる態勢が整い、価値観変容に向けての第一歩が始まります。
表面的なテクニックだけでは相手を真に「聞く態勢」にさせることは難しいですから、ここでは自らの影響力を保ち、深いレベルで相手の心理に働きかける方法を3つ解説します。
態勢を整える方法①:自己開示を通じて信頼を得る
自己開示の本質は、単に「自分のことを話す」ことではありません。自己開示の背後には、信頼の積み重ねと相手への共感の伝達が含まれます。相手が自分を「安全な存在」と感じられるかどうかが、このプロセスの成功のカギです。
自己開示は「相互依存性の法則」に基づいており、相手が自分に対しても同様に心を開いてくれることを期待する心理的メカニズムがあります。つまり、こちらが少しでも個人的な経験や思いを開示すると、相手も「この人なら心を開いても大丈夫」と感じ、自然と自分の話をするようになるのです。
レベルに応じた開示
自己開示は段階的に行うべきです。最初は軽いエピソードから始め、相手の反応を見ながら、少しずつ深い話題に移っていきます。
たとえば、「実は、私も同じような場面で困ったことがあります」という小さな経験から、次第により重要な話題に移る。相手も同じレベルの話を返してくれることで、双方の信頼関係が一層深まります。
共感を添える
ただの自己開示ではなく、相手の現在の立場や状況に関連する内容を選ぶことが重要です。
たとえば、「私も、最初の家探しでは色々なことに戸惑いました。特に予算面で悩みましたが、その時は・・・」と、相手が同じような問題を抱えている場合に触れる内容を共有するのです。これにより、相手は「この人は自分の状況を理解してくれている」と感じ、自然と心が開かれます。
リスクの共有感
実は、自己開示をすることで「少しのリスクを取っている」という意識を相手に持たせることにも繋がります。人間は、自分がリスクを取って開示された情報に対して、同じように信頼を返す傾向があります。このように、リスクを分かち合うことで相互の信頼感が強まります。
態勢を整える方法②:質問を使って相手を会話に引き込む
質問を使うこと自体は、一般的なコミュニケーションテクニックですが、ただ質問するだけでは、その効果は限られます。重要なのは、相手が「自分が関心を持たれている」と感じることと、相手に自己反省や自己洞察を促す質問をすることです。
質問は、相手に「自己主張の場」を与えるだけでなく、相手の脳を「能動的な状態」に切り替える効果があります。質問されると、相手は答えを探すプロセスを開始し、その結果、自分自身の意見や思考に対する理解が深まるのです。このプロセスを引き出すことで、ただ聞く受け身の姿勢から、相手が自ら積極的に考え、話に参加する態勢を作ることができます。
オープンエンドの質問を使う
「はい」か「いいえ」で答えられるクローズドな質問もありますが、相手が答えを考えなければならないオープンエンドの質問をあえて投げかけることも有効です。
例えば、「どう思いますか?」や「あなたにとって一番重要なことは何ですか?」といった質問です。これにより、相手は自分の内面を探るようになり、思考を巡らせるプロセスを通じて、こちらの話により深く関与するようになります。
ミラーリング質問
相手が発言した内容を要約して質問する方法です。
たとえば、相手が「予算が少し心配なんです」と言った場合、「なるほど!予算に関して、特にどの部分が心配ですか?」といった質問を返します。これにより、相手は自分の気持ちや不安をより詳細に言語化しやすくなり、深い会話が引き出されます。この方法は、相手が自分の言葉で問題を整理し、自然と次のステップに進みやすくなる効果があります。
バイアスを確認する質問
相手の持っている先入観や価値観を確認する質問を使います。「家族が増えたタイミングで保険を見直す、という方が6割以上のようですが、吉田さんはいかがですか?」といった質問は、相手の考え方の背景を探り出す助けになります。この方法で相手の真の考えや感情を引き出し、それを元にこちらのメッセージを伝えやすくします。
気づきを与える質問
相手が自分では気づいていない問題点や課題に気づくような質問も有効です。
たとえば、「現在の家で感じている不便な点はありますか?」といった、答えの幅を限定した質問を通じて、相手が漠然と感じている問題を言語化させ、それを解決する手段としてこちらの提案を繋げていくことができます。
アプローチ②:タイミングを見極めて話す
営業の現場では、相手の心理状態に応じて適切なタイミングで情報を伝えることが不可欠です。特に、大事な意思決定に関わる場面では、相手が心の準備を整えていない時に重要な話をすると、逆に相手に圧力を感じさせてしまうことがあります。
適切なタイミングで話すことによって、相手は自然に情報を受け入れやすくなり、提案をより積極的に検討する準備が整います。
相手の表情や態度を観察する
相手が話に集中しているかどうかを見極めるには、まず相手の表情や態度に注目します。相手がリラックスし、興味を示している表情であれば、話を進めるタイミングとしては良好です。
逆に、焦っている、困惑している、または何かに気を取られている様子が見られる場合は、少し待って相手が落ち着くのを待つ方が賢明です。
例えば、相手が頻繁に時計を確認したり、スマートフォンをいじっている場合、そのタイミングで重要な話をするのは避けるべきです。
質問を使って相手の心理状態を確認する
相手が本当に話を聞く準備ができているかを確認するためには、簡単な質問を使うことが効果的です。「今、この話をして大丈夫でしょうか?」や「この情報はお役に立ちますか?」といった質問を使うことで、相手の心の準備が整っているかどうかを確認できます。
もし相手が準備できていない場合は、次のステップに進む前に、もう少し軽い話題で相手をリラックスさせる時間を作ることが重要です。
短い話を段階的に伝える
話を段階的に進めることで、相手の理解度や関心度を確認しながら次のステップに進むことができます。たとえば、一度に長い説明をするのではなく、短い説明をいくつかに分けて相手の反応を見ながら進めると、相手の集中力を保ちやすくなります。
例えば、不動産の物件説明をする際に、「まずは資金計画から説明しますが、この点に関して何か質問はありますか?」と小刻みに話を進めることで、相手が適切なタイミングで質問や意見を述べることができ、会話がスムーズに進みます。
アプローチ③:重要な話を先に伝える
価値観変容を促す話や、相手の意思決定に大きく影響を与える情報は、必ず先に伝えるということです。重要な話を後回しにすると、相手にとってその情報は「重たく」感じられ、受け入れることが難しくなるのです。
例えば、「今回の家探しが将来あなたにどのような価値を提供するか」を最初に伝えることで、相手は物件の詳細説明を前向きに捉え、より関心を持つことができます。このアプローチにより、相手はその後の説明を自分にとって意味のあるものとして受け入れることができ、意思決定に結びつきやすくなります。
まとめ
これらの3つのステップ—「相手の態勢を整える」、「タイミングを見極める」、「重要な話を先に伝える」—を実践することで、営業の現場で相手の価値観変容を効果的に促すことができます。
信頼関係を築き、適切なタイミングで重要な話をし、相手に価値観の変容を促すことで、話がしっかり伝わり、行動に結びつく結果を得ることが可能です。このアプローチを日々の営業活動に取り入れることで、より多くの顧客が提案を受け入れ、意思決定を行うようになるでしょう。