はじめに
営業職としての第一歩を踏み出す際、先輩社員の商談に同行する「営業同行」は、最も実践的な学びの場です。
お客様との距離感や提案のタイミング、言葉の選び方など、マニュアルでは学べない“現場の空気”を感じ取れる貴重な機会といえるでしょう。
しかし、多くの新人が陥りがちなのが、「成功している営業のやり方だけを学ぼう」とする姿勢です。
実際には、営業という仕事の多くは思うように進まない場面で構成されています。だからこそ、商談がうまくいかなかった場面にこそ、学ぶべき“営業の本質”が詰まっているのです。
本記事では、営業同行をただの見学で終わらせないために、「うまくいかなかった場面」から何を観察し、どう自分の学びに変えていくか。その鍵となる「3つの視点」について、具体例を交えながら解説します。
先輩を評価するのではなく、営業の思考と判断のプロセスを“追体験する”ための観察眼を養うヒントとして、ぜひ参考にしてください。
営業は「成功」より「失敗」から学ぶもの
営業の現場は、すべてが計画通りに進むわけではありません。むしろ、うまくいかないケースの方が圧倒的に多く、どれほど優秀な営業担当者でも、常に100%の成果を上げ続けることは不可能です。
言い換えれば、「失敗や停滞の場面こそが営業の本質を教えてくれる」とも言えるのです。新人が先輩の営業に同行する際、つい「成果を出している営業」ばかりに目を向けがちです。
しかし、真に学びが深まるのは、商談が思うように進まなかったときの“ズレ”の瞬間にあります。
たとえば、お客様の反応が急に変わった、会話がぎこちなくなった、次の営業機会に繋がらなかった――そんな場面にこそ、営業の“判断力”や“対応力”の本質が見えるのです。
重要なのは、先輩の営業がうまくいった・いかなかったという「結果」ではなく、その過程で何が起きていたのかを丁寧に観察すること。
「なぜそうなったのか?」という視点を持つことで、自分自身の営業の引き出しを増やし、将来の実践に活かせる経験値へと変わります。
この視点を持つことで、営業同行は単なる見学ではなく、“仮説思考”と“応用力”を養う実践トレーニングになります。
視点①:「なぜ断られたのか?」を仮説で掘り下げる
営業において「断られる」という出来事は決して珍しいものではありません。むしろ、それは営業のプロセスにおいて起こり得る現象です。
しかし、営業同行中にその場面に出くわしたとき、ただ「うまくいかなかったな」と流してしまうか、そこから深く学びを得られるかで、営業としての成長速度は大きく変わってきます。
重要なのは、「断られた=失敗」と決めつけるのではなく、「なぜ断られたのか?」「なぜ次に繋がらなかったのか?」を自分なりに仮説を立てて考えることです。
そのためには、会話の中でお客様にどんな変化が起きていたかを丁寧に観察する姿勢が求められます。
たとえば、
- 話している途中で、お客様の表情が曇った
- それまで目を見て話していたのに、急に視線を外し会話への反応が悪くなった
- 会話のテンポが急に止まり、焦ったように明らかにお客様の反応が変わった
こうした些細なサインを「ただの偶然」と片付けずに、「あのタイミングの言葉が強すぎたのかもしれない」「不安が残る説明だったのではないか」「拾いきれていない事実があるのではないか」と、自分なりの仮説を立ててみることが大切です。
この思考は、先輩を評価するためのものではありません。
「自分なら、どんな聞き方をしたか?」「どう返すのが自然だったか?」と、リハーサル的に想像することで、営業に必要な“対応力”や“言葉の選び方”が徐々に身についていきます。
営業とは、完璧な正解が存在しない職種です。だからこそ、正解を探すのではなく、「仮説を立てて考える力」こそが最大の武器になります。
同行中に見えた“ズレ”の場面から、自分なりの解釈と改善案を持ち帰ることが、営業力を鍛える確かな一歩となるのです。
視点②:「別のやり方もあったかも」と考える習慣
営業という仕事において、1つの提案や話し方がすべての正解であるとは限りません。むしろ、相手や状況によって効果的なアプローチは大きく変わるため、「唯一の正解を探す」よりも「選択肢を持つ」ことの方が重要です。
営業同行で先輩の提案やクロージングの場面を見たとき、「自分だったらどうしていただろう?」という視点を持つことは、営業思考を柔軟に育てるうえでとても有効です。
たとえば、
- 「今の表現、もう少し柔らかくできたかもしれない」
- 「話の順番を変えていれば、もっとスムーズに伝わったのでは?」
- 「あのタイミングで一度、相手に質問を返してみたら…?」
といったように、一歩引いて「別のやり方」を仮想体験する習慣が、自分の営業スタイルを形づくる大きなヒントになります。
このとき大事なのは、先輩の営業を批判的に捉えるのではなく、相手の状況や心情をより深く想像した上での“別ルート”を思考することです。
「無理なクロージングになっていなかったか」「情報を一方的に押し付ける形になっていなかったか」と、冷静に検証することで、提案や会話の精度が磨かれていきます。
営業は、一人ひとり異なるお客様と向き合う仕事です。だからこそ、「正解を模倣する」のではなく、「自分ならこうしたかも」という応用力を鍛える場面として営業同行を活用することが、長い目で見て非常に大きな意味を持つのです。
視点③:「成功」より「ズレ」に学びがあるという前提を持つ
営業同行の場で、先輩が契約を取り、商談がうまくまとまったとき、思わず「すごい」と感じてしまうのは自然な反応です。もちろん、成功事例から得られるヒントも多くあります。
しかし意外なことに、成功した営業こそ“なぜうまくいったのか”が曖昧なままになってしまうケースも少なくないのです。
一方で、次なる商談へ進まなかった場面、断られた提案、話の途中で空気が変わった瞬間——そうした「ズレ」が起きた場面には、営業の本質を深掘りするための“考える材料”が豊富に詰まっています。
なぜなら、ズレの中には、
- どこで噛み合わなくなったのか
- 何が誤解を生んだのか
- 相手の表情や反応がどう変化したか
といった、営業プロセス全体の「構造的な理解」につながるヒントが眠っているからです。
成功は“結果”としてしか記録に残りませんが、ズレは“思考の素材”として未来の営業改善に生かせます。だからこそ、営業同行においては、成功した部分だけに注目するのではなく、あえて「うまくいかなかった時間」にこそ学びを求める視点が重要なのです。
営業という仕事において、「うまくいく営業」は確かに理想的なモデルかもしれません。ですが、現実的には、すべての商談が契約につながるわけではありません。むしろ、何かしらに理由で断られる、ということも発生する日常です。
このように、営業の現場では成功よりも「うまくいかなかった時間」も多い存在するという前提を持つことが大切です。たとえば、10件商談があったとして、そのうち5件は思うように進まなかった――それは決して失敗ではなく、「ズレ」が起きた貴重な素材なのです。
だからこそ、営業同行に行く新人としては、このズレの時間を“宝の山”と捉える思考が、自分自身の営業力を深め、成長を加速させてくれるのです。
成功事例をなぞるだけでは身につかない、“考える営業”への第一歩は、ズレの中にこそ眠っています。
まとめ:ズレを分析する力が、営業の引き出しを増やす
営業において求められる本質的な力のひとつが、「観察力」と「仮説力」です。これは、ただマニュアル通りに話すだけでは決して身につきません。実際のお客様とのやりとりを通じて、どこにズレが生じたか、どうすればより良い提案につながったかを見極める経験の中でしか鍛えられないスキルです。
そして、「ズレに気づく」ことはゴールではありません。重要なのは、「自分ならどう対応したか?」「別の言い方があったのでは?」という問いを持ち、次の選択肢を考える思考のクセを持つことです。
営業同行の時間は、ただ“見るだけ”の時間ではありません。“考え、試し、学びを持ち帰る”ための実験場です。その中で、うまくいかなかった場面は、単なる失敗ではなく、自分自身の営業の引き出しを増やす最良の教材となります。
「なぜ断られたのか?」「何を見逃した可能性あるのか?」「自分ならどう伝えただろうか?」――その問いこそが、次の商談での判断力や対応力を確実に底上げしてくれます。
だからこそ、営業同行は“成功だけを見る場”ではなく、“ズレを見つけ、思考する場”として活かしていきましょう。
その積み重ねこそが、確かな営業力を育てる最短ルートです。